昔の記憶
最近、ブログに書けそうな事が多すぎで゜混乱気味。
DTも直したし、何処にでも行けそうだけど、仕事が忙しすぎで゜腰が重い。
先日、店先でお話した、ゼル乗りとも連絡取りたいけど、なかなか、難しい。
こんな中、昔の記憶が少し出てきた。
何故か分からないけど、とてもなつかしき記憶。
雲の中、荒れ狂う風の中、山の頂上に居た。
奥穂高岳の記憶。
以前高校の時、山岳部に居た。
部長だった。
奥穂高岳のアタックを先生から打診されたので、行くことになったのだけど、
長いバスを降りたところは、上高地という観光?国定公園だった。
ある程度、観光を兼ねた登山でした。
とてもきれいで初めて見る光景。
日本であって日本ではない、スイスのような光景。
横尾で一泊し、そこからカラサワというところまで、歩いた。
ザックはパイプフレームのザックで装備あわせて25kgくらい
途中、雪渓があったりするのですが、とてつもなくでかい。
空洞が8mくらいあるのですから・・・
カラサワについたのですが、そのまま通り越し、奥穂高岳の小屋へ
行ったんだっけなーわすれたけど。
着いて泊まったけど、気候は真夏だというのに、5℃くらい。
セーター着て寝たのに寒すぎ、
翌朝、大変な事に・・・
台風が来てたのを忘れてた。
荒れ狂う、山の頂上。
顧問とどうするか話しをしたのですが、
最終的な判断は俺に来た。
「行く」と。
今ではというか、こんな無茶なことは絶対に今ではしないと言えるのに。
若気の至りなのか。
山頂までの、道は、道ではなく、鎖とがけの連続である
1時間で着くはずですが、なかなか無理。
そして荒れ狂う天候の中、風と雲が踊り続けてる景色
登頂に成功した。
一瞬、雲の切れ間に、ラピュタと思わせる風景を見た。
でも、数分と上には居られずにすぐに引き返した
記念写真をして、降りたけど、やはり鎖場なので時間がかかる。
今ではやっては行けないと思う、戒め。
顧問の先生は、このハードスケジュールでアキレス腱を痛め、治療に数年かかった。
次の年、自分たちだけで槍ヶ岳の登頂に向かう事にした。
今は、昔のような風景が残っているのかと不安になりますが、
また、もう一度、登ってみたいなと思う山でした。
多分無理なので、上高地に観光に・・・イキタイ!!
雪中キャンプの経験もそれよりずーっと前にありますが、
今やりたいかというと、、、阿賀町では芯でしまいまする。
以外と暖かいんですよね、雪中キャンプ。
| 固定リンク




コメント
新潟バイク海苔強化合宿 雪中キャンプ!
希望者は多分・・・いないか
投稿: hir○shi | 2009年9月16日 (水) 06時23分
なるほど…BーXELさんの、並み外れた体力と集中力は少年の頃からの積み重ねなんすね。日記を勝手にさかのぼって読んでますけど、小説読んでるみたいでかなり頭の良い人だと思いましたよ。
投稿: おかも | 2009年9月16日 (水) 20時08分
hiroshiさん
雪中キャンプは、近場なら・・・死なずにすむと思いますが、
知ってのとおり、ラッセルしながら歩くのは
、まるで軍隊。
おかもさん
頭は良くないと思いますが、
それなりに濃いかった。
でも、一定の節目に何故か、一流の師匠が現れ、
助言をして、次のなにかに向かうことが多かった日々です。
日本初のスケートショートトラック代表富永(前の会社)、とか
日本三大サーファー、新藤アキラとか(バリ島)
スケートボード、日本人最高峰、バーティカルスケーター、小川元とか
X-GAME覇者、バーティカルインラインスケーター、安床タケシ&安床エイト兄弟とか
(いずれもG-skatepark)
とか、
gravityの日本人初の公認スケーターは
私の、スケートボードのスポンサーだった。
(てんちょで私セミアマ)
女性バーティカルインラインスケーターのX-GAMEにも出てた鮎川(だっけな)は
私がミスって、前十字靭帯損傷したとき、背負って運び出してくれたっけ?
現在は、新潟の、超一流の方たち、
ごらんの通りです
でも本人の素質ボロボロなのでごらんの通りです。
投稿: B-XEL | 2009年9月16日 (水) 21時23分